近況その他あれこれ - 91-4
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新大陸発見の地を訪れて 4

Caracas

 サンファンから片道で80分なのに580ドルも取られました。高すぎると思っていましたが乗った ら納得しました。乗客は数えられるほど。おかげでバギッジはあっと言う間に回収できました。外に出て換金しようとしていたら、名札を付けた空港職員が近寄ってきて「下で換えた方がいいよ」と言って案内してくれました。ついて行ったら同僚の職員が待っていて、1ドルを4ボリバルで換えてくれました。換金の仕方に oficial (1ドルは2,1ボリバル) とparalelo があるのです。大昔、中国が兌換紙幣を使っていた頃、北京の街角で何回か換えたことがあります。首都の国際空港内で、空港職員が堂々とやっていたので驚きました。

 エンゼル・フォールへ行きたかったので、案内してくれた人に国内線への行き方を尋いたら、かなり遠かったのに私の荷物を引いて一緒に行ってくれて、そのまま旅行代理店に入ってしまいました。法外な金額だったので現地に着いてからツアーを探した方が絶対安いと思いましたが、その日の便は夜の10時ごろ着くのしかなかったので、宿を探すのが不安なので契約してしまいました。結論を出すまでに1時間ぐらいかかったので、その人は待ちきれずチップを貰わずに帰りました。

angelfall 空港内の雰囲気が今までの空港のものとは違うと感じました。人々が仕事に集中しておらず、のらりくらり時間を過ごしているように見えました。懐かしい目にも再会しました。北京で見た北朝鮮の留学生監視員の目です。空港税を払う所にいました。目を据えて瞬きせず、無言、無表情で何もせずに座っていました。この様な人がいては、人々は怯えて心も乱れ、仕事に集中できません。キューバのたどった道の現在進行形を見ているような気がして、とても嫌な気がしました。

 2泊3日のエンゼル・フォールへの旅行中、一緒になった旅なれたはずの人たちが「カラカスは特別だ。気をつけた方がいい」と口々に言いました。自画像を描いて考えてみましたが、老人で一人旅の私はカモ中のカモです。旅の最後に遭難するのは嫌なので、市内見学はタクシーの運転手をガイドにして1日一緒に回り、残りの3日間は空港近くのMacuto という海辺の街で、休養、読書、たまに水泳をして過ごしました。スペイン語では現金(cash)をefectivo と言います。ベネズエラではefectivo は本当にeffective です。1回目は知らずに、1ドル4ボリバルで換えてしまいましたが、普通は5ボリバル。6ボリバルで換えてくれる所もあるそうです。クレジット・カードやキャッシ・カードだとoficial で計算されるので大損します。これからベネズエラを訪れる方は、多めにドルまたはユーロの現金を持って行くことをお勧めします。長くなってしまったので、エンゼル・フォールの紹介は簡単にさせていただきます。"It's marvelous and beyond description!"

おわりに

 コロンブスの新大陸発見は、発見された人々、奴隷にされた黒人たちに大悲劇をもたらしました。しかしその子孫たちはアフリカにいては得られなかったもしれない文明的で豊かな生活を享受しています。19世紀末のキューバ独立戦争に介入した帝国主義のアメリカは、プエルトリコをスペインから奪い、キューバの独立を名ばかりのものとしました。60年後、人々の支持を得てフィデル・カストロがその怨みを晴らしました。更に50年後の現在、前述したように発展に大差がつきました。プエルトリコとキューバの国旗は、配色が違うだけでデザインは同じです。プエルトリコの人々は「キューバは兄弟(hermano) だ」と言います。アメリカに従属し続けることで繁栄を得たプエルトリコと、逆らって真の独立を達成したことで貧しくなってしまったキューバの運命は、皮肉にも対照的です。長期的な視点で見ると、歴史上の出来事や人物の評価は、功罪の両方が必ずあるので難しいものです。やり直すことは不可能なので、「過ちを繰り返さないようにする、時効を設けて許してあげる」ことが歴史を学ぶ意味なのかなと思います。

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上智大学外国語学部英語学科 昭和39年入学43年卒業組ホームページ
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