12月10日 町田君の一時帰国で、再会緊急忘年会
ホテルニューオータニ内のトレーダーヴィックスで、午後5時から。暮れの忙しい中、何とか都合をつけられた9人が集合。テーブルを囲んでみんなが直接対話できる人数だったので、話題が弾み、予定の時間をオーバーして、解散したのは9時少し前。石田明君も久し振りに顔を出して、そういえばここにいる男性6人のうち5人が学生寮に居た、と言う偶然もあって、寮生活の話題がいろいろ。石田はたいして勉強に時間をかけていないのに成績が良かった、それは要領が抜群だったからだ、という結論で盛り上がりました。本人は全く否定しませんでしたね。(この論理だと、笠松はその対極にいた、と言うことなりそう。学年末の成績がC+に達せず、寮を追い出されたので。スキー部、美術研究会、紀尾井文学会と、クラブを3つもやっていて忙しかったんだけど。ま、それが現在の職業に結びついているのですが。…言い訳にもならないか)
左から4人目が町田君。12日には再び任地デトロイトへ向かいました。
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12月4日 上智OBの囲碁大会で、笠松が優勝しました。
今回は笠松本人の近況です。ま、優勝といっても、ゴルフと同様、ハンディー付きで、しかもCクラス(2段以下)の優勝なので、たいして自慢には出来ませんが、それでも優勝です。
写真中央の白いドレスは女流プロの小山満鶴五段(H5文社会)
その左が
日本棋院理事長の利光松男氏(S22経経)。上智は囲碁界にも先輩がたくさんいるのです。
先週土曜日(12月2日)、先輩の古屋毅氏(S32経商)や経鷲会(経済学部OB中心の会)の方達が世話人となり、東京駅八重洲口の日本棋院八重洲囲碁センターで「第1回オールソフィアン囲碁大会」が行われました。参加者は26名、ソフィア名人、ソフィア本因坊、
碁鷲の各タイトルをかけて変則リーグ戦方式で腕を競いました。名人戦はアマ6段の人もいて、レベルは高いのです。私はこの碁鷲戦で2段の人を破り、3連勝でタイトルを獲得したのです。
実は先週、2回も新宿の碁会所に行って何局も打ち、実戦で勝負勘を取り戻すとともに、定石の本を引っ張り出して復習したり、呉清源の打碁並べたりして気力を充実させていました。その努力が報われたのですね。で、非常に気分が良いのです。何事も努力が実るのは良いものです。
私は20歳台の後半に一度囲碁に熱中して毎日のように碁会所に通い、本もたくさん買い込んで勉強しました。で、囲碁の大会などで成績を上げてついに初段の免状をとったのです。ところがその後、仕事が忙しくてしょっちゅうは打てず、結局今日までずっと初段のままでいました。今回優勝したので、日本棋院から2段の免状を出しても良いとお墨付きをもらいました。(もっとも免状の発行はただではなく、日本棋院に寄付金の様な形で規定の金額を納めるのですけどね。)
上の写真、利光理事長の左は日本棋院に勤める一宮正人氏(H4経経営、6段)です(名人戦優勝)。他に日本棋院からは、元「棋道」誌編集長の佐藤紘一氏(S38文英、6段)、経理部長の小澤良秋氏(S42外西、4段)も出席されました。私の右は本因坊戦優勝の黒田仁氏(S35法法、3段)。黒田氏は北海道室蘭市からの参加です。
(ソフィア会のホームページにも詳しく掲載されています。正しくは、私が掲載した、ですが)
http://www.sophiakai.gr.jp/sophiansnow/hiroba/00.12various-3.html
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